身近な一場面から俳句を一句つくる
帰り道の音や、台所で手を止めた瞬間。その一場面を、短い言葉で残してみませんか。まず散文でメモし、見せたい細部を選び、最後に一か所だけ書き替えて比べます。紙と手持ちの筆記具でも、スマートフォンのメモでも始められます。今回の到達点は、自分のノートに一句を残すことです。
ここでは、日本語の五・七・五と季語を手がかりにします。自由律など別の実践もあるので、これを俳句全体の唯一の作り方とはしません。最初の一句のために、扱う条件を少なくした練習です。
まず場面を一つに絞る
今日の一日をまとめようとすると、朝から夜までの出来事が入り込みます。いったん、何かに気づいた数秒へ戻ってください。どこに、何があり、どう見えたり聞こえたりしたでしょう。感想が先に浮かんだら、その感想を生んだ物や動きも書き足します。
たとえば「雨の日で気分が沈んだ」と書いたなら、雨そのもののほかに、傘を閉じた音、濡れた袖、床に残った足跡など、思い出せるものを探します。全部を使う必要はありません。覚えていない色や音を、句を整えるためだけに足さず、分かる細部を一つ選びます。
以下の場面と例句は、この記事の説明用に新しく作ったものです。実際の観察記録や、読者の体験・気持ちを示すものではありません。
説明用の場面メモ: 秋の買い物帰り。傘の下で袋を持ち直す。袋の口から出ていたレシートの端が雨に濡れ、紙の向こうの色が少しずつ透けて見える。
このメモからは「秋の雨」「レシートの端」「濡れる」「透ける」が取り出せます。「買い物帰り」「傘」「袋」は状況を説明する助けになりますが、全部を句に入れると、肝心の紙の変化が小さくなります。今回はレシートの端に視線を寄せます。
季語は意味を確かめて選ぶ
季語は、俳句で季節を表す言葉です。歳時記にはその言葉の意味や季節、例句などが載っています。まず自分のメモに関係する語を調べ、場面に合う意味かを確かめましょう。五音の欄を埋めるために、意味を知らない語を借りる必要はありません。
この例では「秋雨」を「あきさめ」と読みます。朝日出版社が提供する俳句季語辞典の「秋雨」は、秋の天文の季語として掲載しています。「雨」だけでは決まらない季節が、この一語によって定まります。したがって、春に見た場面をそのまま書きたいなら、この語を足すのは合いません。
歳時記の季節区分は、日本の俳句で育ってきた言葉の用法です。どの土地の実際の気候にも同じように当てはまる表ではありません。季語がまだ決まらないときは、場面メモを残し、意味を調べてから一句へ進めれば十分です。
五七五は文字の数ではなく音で見る
日本語の俳句で数える「音」は、文字数と一致しません。「レシート」は四文字で四音ですが、「きゃ」のような拗音は二文字で一音です。長音の「ー」や、小さい「っ」はそれぞれ一音に数えます。この数え方は、NHKグループモールの俳句入門記事でも説明されています。
メモをいったん次の形にしてみます。空白は音のまとまりを見やすくするためのものです。
例句A(この記事で作成):秋雨や レシートの端 濡れている
- 秋雨や:あ・き・さ・め・や、五音
- レシートの端:レ・シ・ー・ト・の・は・し、七音
- 濡れている:ぬ・れ・て・い・る、五音
「端」はここでは「はし」と読みます。自分の句も、読みを仮名にして、ゆっくり口に出すか、まとまりごとに確かめてみてください。数が合わないときは、先に大切な細部を残し、助詞や言い回しを見直します。意味の薄い語を足して十七音にするより、どの言葉を伝えたいのかへ戻るほうが、この練習の目的に合います。
切れ目の前後で視線を動かす
例句Aでは、「秋雨や」の「や」でいったん意味を区切り、雨から手元のレシートへ視線を移しています。このような切れ目をつくる働きを考えるとき、切れ字が手がかりになります。現代俳句協会の「俳句入門」でも、季語と切れ字を学ぶ入口が示されています。
ここで「や」を選ぶ理由は、五音に合わせることだけではありません。秋の雨に一度立ち止まり、そのあとで小さな紙を見せるためです。「秋雨でレシートが濡れた」と原因から結果へ続ける散文とは、読んだときの間が変わります。
雨とレシートの関係は、この例では身近で分かりやすいものです。意外な組み合わせを急いで探さなくても構いません。まず、どこで一度止まり、そのあと何を見せるかを、自分で選んでみましょう。
最後の五音だけ替えて比べる
例句Aの「濡れている」は状態をはっきり伝えます。場面メモには、その先に「紙の向こうの色が透ける」という細部もありました。そこを選ぶと、次の案になります。
例句B(この記事で作成):秋雨や レシートの端 透けてゆく
「す・け・て・ゆ・く」で、こちらも最後は五音です。Aは濡れた状態を静かに置き、Bは透ける変化へ読者の目を向けます。Bでは「濡れる」という説明がなくなる一方、少し時間が進む感じが加わります。動きのある表現が、いつでも優れているという意味ではありません。
変化を見せたいならB、すでに濡れていた状態を残したいならAが候補になります。実際の自分の場面に変化がなかったなら、見たことに合う方を選んでください。推敲では、きれいな言葉へ置き換えることより、何を残し、何を読み手に任せるかを比べます。
自分の一句をノートに残す
次は例句の名詞を入れ替えるのではなく、自分の場面メモから始めます。気になった細部を一つ選び、季語の意味を確かめ、五・七・五に並べてみましょう。できたら別案を一つだけ作り、次の点を読み返します。
- 物や音、動きなど、具体的に思い浮かべられるものがあるか
- 季語が、残したい場面の季節や意味に合っているか
- 切れ目の前後で、何から何へ視線が移るか
- 一語を替えたことで、元の場面から離れていないか
今日は気に入った方を一つ選び、日付と元のメモを添えて残します。迷った理由を一言書けば、あとで読み直す手がかりにもなります。道具を買ったり、教室へ行ったり、誰かに見せたりすることは、この練習の条件ではありません。まずは自分の見つけた細部が、短い言葉になって残れば一区切りです。